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レジーのJ-POPクロニクル

92年から始まったリスナー人生、超個人的体験を振り返りながら「日本の音楽シーン」の空気感を表現できれば思っています 

TOKYO FMからヒットチャートを録音する

前回はポップミュージックという文化を知ろうと思うきっかけになった「学級会」についての話をしましたが、今回はその「事件」を受けて自分がどんな行動をとったか、つまり「どのようにしてポップミュージックに触れていったか」ということについて述べたいと思います。

 

件の学級会での出来事を母親に話したところ、勧められたのは「ラジオ」でした。

曰く、「土曜日のお昼にランキング番組をTOKYO FMでやってると思うから聴いてみたら?」

 

ラジオを勧められるとは予想外でした。

当時ラジオと言えばテレビのプロ野球中継が終わってしまった後の試合経過をチェックするためにAMラジオを聴いていたくらい(まだJリーグも開幕しておらず、普段のスポーツとの接触は野球が中心でした)。FMラジオの番組欄は見たこともありませんでした。

 

なるほどそんなものかと思い、次の土曜日の13時に早速リビングルームのラジカセの周波数を80.0に合わせてみました。始まったのは「コーセー、カウントダウンジャパン」というジングル。パーソナリティーのおしゃべりとともに、今まで聴いたことのなかった「ポップミュージック」が次々に流れてきました。

 

ふーんそうか、これが今流行ってる音楽なのか。お、この曲いいな。え、こんなのが人気あるの?

 

今までに感じたことのない感情が心の中にたくさん湧き上がってきました。未知の世界に触れる新鮮な喜びでなんだかくすぐったい気持ちになったことを覚えています。

 

僕が最初に「ヒットチャート」というものに触れたこの「KOSE カウントダウン・ジャパン」、今でも土曜日13時の同じ時間に「JA全農 COUNTDOWNJAPAN」として続いています。Wikiによると、前身の番組は1971年から始まっていたとのこと。だから母が知ってたのか、今になって合点がいきました。ちなみに僕の母はかつて沢田研二の追っかけをやっていた生粋のミーハー、母の弟(僕の叔父)は一時ドラマーとしてプロを目指していてリスナーとしてはかなりディープなビートルズマニア、父は世代がらフォークソングにがっつりはまった経験あり、という家庭環境だったので、自分が音楽を聴き始めたのはある意味必然だったような感じもします。

 

「テープに録音すればいつでも聴けるよ」という話を同じく母から受けて、翌週からは番組をカセットテープに録音するようになりました。おそらくこれも、彼女自身がかつてラジオを録音して自前のテープを作成する「エアチェック」に慣れ親しんでいたからこそのアドバイスだったのだろうなと。

 

「放送されたヒットチャートをカセットテープに録音してその後も聴く」という行為は、そもそもポップミュージックを聴くきっかけとなった「クラスの友達との話についていきたい」という目的を100%満たしてくれました。どうやら同じようなことをしている人が他にいなかったようで、「ミュージックステーションは見てます」「お姉ちゃんのCD聴いてます」みたいな周りの友人よりもあっという間に接する情報が増えてしまったのです。ラジオを聴き始めて1か月くらいで、少なくとも最新のヒット曲に関してはクラスでも有数の詳しい人になっていました。

 

ラジオを起点にポップミュージックに触れ、その後もちろんCDを買ったりレンタルしたりという行動に足を踏み入れていくのですが、この時点では僕はまだ音楽に対してお金を払っていません(カセットテープ代くらいです)。インターネットが日常生活において存在しない時代でしたが、「フリー」で音楽を楽しむことは十分に可能でした。そんな聴取行動がルーツにあるので、最近たまに目にする「今の若者は音楽にお金をかけない。俺達が若い頃は・・・」という無邪気な意見にはとても違和感を覚えます。20年以上前から僕は「お金をかけずに」音楽を楽しんでいましたし、おそらく自分の両親の世代からそうだったのだと思います(『あまちゃん』でも歌番組から曲を録音するためにラジカセをテレビに近づける春子が描かれています)。もちろんインターネットの出現や娯楽の多様化によりその「程度」が著しくアンバランスになっているということだと理解はしていますが、いつの時代もリスナーのプリミティブな欲求は変わらないのではないでしょうか。

 

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次回は、ポップミュージックの世界の雰囲気を何となく知ったレジー少年が初めて買ったCDについての話ができればと思います。

 

【今日の1曲】

『悲しみは雪のように』浜田省吾

KOSE カウントダウン・ジャパン」を聴き始めた年である92年において、この番組の年間ランキングでトップになった曲。リリースされた2月時点ではまだ音楽に興味がなかったので、年末のチャートでこの曲と初遭遇。ドラマ「愛という名のもとに」の主題歌。